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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)1112号 判決

原告 内藤友一

被告 神藤ラク 外二名

主文

被告神藤ラクは、原告から金二十万円の支払を受けると引換に、原告に対し東京都渋谷区原宿一丁目九十三番地宅地九十六坪のうち東南隅の十五坪(間口三間奥行五間)の上に存する家屋番号同町二百二十番の二、木造瓦葺平家建店舖兼居宅一棟建坪十坪を引渡し、且つ前記宅地十五坪を明渡すとともに、昭和三十年十二月十四日から右宅地明渡済まで一ケ月金三百円の金員を支払うべし。

被告宮田直は、原告に対し前項記載の建物のうち表側六畳一室及びその敷地を、被告金城律夫は原告に対し前項記載の建物のうち表側三畳一室及びその敷地を明渡すべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を被告等の連帯負担とし、その一を原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告神藤ラクは、原告に対し主文第一項記載の宅地十五坪の上に存する主文第一項記載の建物を収去して右宅地十五坪を明渡し、且つ昭和二十九年四月二十六日から宅地明渡済まで一ケ月金三百円の金員を支払うべし。被告宮田直及び同金城律夫は、原告に対し主文第一項記載の建物より退去して主文第一項記載の宅地十五坪を明渡すべし。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「主文第一項記載の十五坪の宅地(以下本件土地という。)を含む東京都渋谷区原宿一丁目九十三番地宅地九十六坪は原告の所有にかかるものである。ところが被告神藤ラクは昭和二十九年四月二十六日以降本件土地の上に本件建物を所有することにより、被告宮田直及び同金城律夫はいずれも本件建物に居住することにより、本件土地を占有しているものであるところ、被告等は本件土地を占有するについてその所有者である原告に対抗し得る何等の権原をも有していない。そこで原告は、所有権に基いて、被告神藤ラクに対しその所有にかかる本件建物を収去して本件土地を明渡すべきこと及び被告神藤ラクが本件土地の占有を開始した昭和二十九年四月二十六日から本件土地明渡済に至るまで本件土地についての統制賃料額の範囲内である一ケ月金三百円相当の所有権侵害に基く損害金の支払を、被告宮田直及び同金城律夫に対し本件建物より退去して本件土地を明渡すべきことを求めるものである。」と述べ、

被告等の抗弁に対し、訴外長谷川儀作が被告等の主張する如く原告から本件土地を賃借(但しその期間は三年の約定であつた。)して本件土地の上に本件建物を所有していたこと及び本件土地の賃借権が本件建物の所有権とともに被告等主張の如く譲渡されたこと並びに被告宮田直及び同金城律夫が被告神藤ラクから本件建物を賃借していることは認めるけれども、原告が被告神藤ラクの本件土地賃借権の譲受につき承諾を与え、被告神藤ラクから被告等主張のような賃貸借契約書を受取つたこと及び本件建物の昭和三十年十二月十四日当時の時価が被告等主張の額であることは否認する。原告が訴外長谷川儀作に対して本件土地を賃貸したのは、同人にバラツクの店舖を建築させて三年間限りその敷地としてこれを使用収益させる約定であつたのであるから、右賃貸借契約は一時使用のためのものである。従つてかような一時使用のために設定された賃借権を譲受けたに過ぎない被告神藤ラクには借地法第十条の規定による買取請求権はなく、仮にさような権利があつたとしても被告等主張の買取請求金額は不当である。

と述べ、

立証として、甲第一号証乃至甲第五号証を提出し、証人斎藤博及び同内藤友子の各証言並びに原告本人尋問の結果乃至鑑定人深田敬一郎及び同立花寛の各鑑定の結果を援用し、甲第四号証は、原告と被告神藤ラクとの間にその記載のような本件土地についての賃貸借契約が成立した場合にこれを原告に差入れるべく訴外斎藤博が保管していたところ、結局右のような契約は締結されるに至らなかつたので、同人において引続き所持していたものであると説明し、乙第一号証及び乙第三号証の一乃至四の成立並びに乙第二号証が被告ら主張のようにして作成されたものであることは認める、しかしながら乙第二号証作成の基本となつたもの(甲第四号証がそれに当る。)は原告に差入れられるに至らなかつたのである、乙第四号証の一乃至七の成立は不知、と述べた。

被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、

一、本件土地十五坪を含む原告主張の宅地九十六坪が原告の所有にかかるものであること、被告神藤ラクが本件土地の上に原告主張の日時以降本件建物を所有し、被告宮田直及び同金城律夫がそれぞれ本件建物に居住して本件土地を占有していることは認める。

二、被告等は、いずれも原告に対抗し得る正当な権原に基いて本件土地を占有しているのである。即ち、本件建物は、訴外長谷川儀作が昭和二十七年四月十五日原告から本件土地を建物所有の目的で賃借した上建築したものであるが、その後本件建物の所有権は、その敷地である本件土地の賃借権とともに訴外長谷川儀作から訴外秋場市蔵を経て被告神藤ラクに順次譲渡され、被告神藤ラクは本件建物の所有権取得につき昭和二十九年四月二十六日登記を経由したのである。被告神藤ラクが右の如く訴外秋場市蔵から本件土地の賃借権を譲受けたについて原告は当時承諾を与えたのであつて、かくして被告神藤ラクは、訴外長谷川儀作及び同斎藤博を保証人として、同人等と連署捺印した賃貸借契約書を作成して原告に差入れてたのである。従つて被告神藤ラクは、原告に対する賃借権に基いて本件土地を本件建物の敷地として適法に占有しているのである。被告宮田直及び同金城律夫は、被告神藤ラクから本件建物を賃借しているものであるところ、被告神藤ラクが本件土地の上に本件建物を所有することが右に述べたとおり原告に対する賃借権に基くものであるからには、本件建物に居住することによつて本件土地を占有することが原告の本件土地所有権を侵害するものでないことは当然である。

三、仮に被告神藤ラクが右の如く訴外秋場市蔵から本件土地の賃借権を譲受けたについて原告の承諾を得たことが認められないとしても、被告神藤ラクは、昭和三十年十二月十四日午前十時の本件口頭弁論期日において原告に対し、借地法第十条の規定により本件建物の買取を請求したのであるが、その当時本件建物は金五十五万九千円の時価を有したので、右買取請求の結果被告神藤ラクは、原告にその所有権の移転した本件建物を収去して本件土地を明渡すべき義務を負担するいわれはなく、たゞ原告から本件建物の買取代金五十五万九千円の支払を受けると同時に本件建物を原告に引渡し、その敷地である本件土地を明渡すべき義務を負担するに過ぎないのである。この場合においても、本件建物につき従来被告神藤ラクと被告宮田直及び同金城律夫との間に存続していた本件建物についての賃貸借契約における賃貸人の権利義務は、被告神藤ラクから原告に承継されたものというべく、原告は被告宮田直及び同金城律夫に対し引続き本件建物をその賃借権に基いて使用収益させなければならないのであるから、同被告等に対し本件建物から退去して本件土地を明渡すべきことを請求することはできないのである。

と述べ、

立証として、乙第一号証、乙第二号証、乙第三号証の一乃至四及び乙第四号証の一乃至七を提出し、証人神藤万吉(第一回及び第二回)、同屋代仁次、同斎藤秀雄(第一回及び第二回)、同神藤俊子及び同長谷川儀作の各証言並びに鑑定人金沢良平の鑑定の結果を援用し、乙第二号証は、被告神藤ラクの夫である訴外神藤万吉が先に同被告から原告に差入れられた本件土地の賃貸借に関する契約書の内容を記憶に基いて記載したものであると説明し、甲第一号証乃至甲第三号証及び甲第五号証の成立は認める、甲第四号証が原告主張のような書面であることは否認する、但し被告神藤ラク名下の印影の真正であることは認める、

と述べた。

理由

一、本件土地を含む東京都渋谷区原宿一丁目九十三番地宅地九十六坪が原告の所有にかかるものであること並びに被告神藤ラクが昭和二十九年四月二十六日以降本件土地の上に本件建物を所有することにより、被告宮田直及び同金城律夫が本件建物に居住することにより、本件土地を占有していることについては、当事者間に争いがない。

二、そこで被告等の本件土地に対する占有が原告に対抗し得る権原に基くものであるかどうかについて考えてみる。

(一)  訴外長谷川儀作が昭和二十七年四月十五日原告から本件土地を建物所有の目的で賃借(一時使用のためのものであつたかどうかの点は、しばらく論外とする。)して本件土地の上に本件建物を所有していたこと、その後訴外長谷川儀作から訴外秋場市蔵に、更に昭和二十九年四月二十六日訴外秋場市蔵から被告神藤ラクに本件土地の賃借権が本件建物の所有権とともに順次譲渡され、被告神藤ラクのため右同日本件建物の所有権移転登記が経由されたことは、当事者間に争いがない。

(二)  被告等は、訴外秋場市蔵から被告神藤ラクに対する本件土地の賃借権の譲渡について当時原告の承諾が与えられ、その結果被告神藤ラクから原告に賃貸借契約書が差入れられたのであるが、乙第二号証は、被告神藤ラクの夫である訴外神藤万吉が右賃貸借契約書の内容を記憶に基いて記載したものである旨主張する。しかしながら被告等の右主張に副う証人神藤万吉(第一回及第二回)、同屋代仁次、同斎藤秀雄(第一回及び第二回)及び同長谷川儀作の各証言は、いずれも措信し難い。又証人神藤俊子の証言中、同証人が昭和二十九年九月中及び同年十二月中の二回に亘つて被告神藤ラクの使者として、本件土地の賃料を原告に支払うべく原告方に持参した際応待に当つた原告の妻がそれを受領しない理由として述べたという言辞の趣旨に関する部分は、証人内藤友子の証言に照らしてにわかに措信することができないので、証人神藤俊子の証言をもつて原告が被告神藤ラクの本件土地賃借権の譲受について承諾を与えたことを窺知させるための証拠とはなし難い。他に被告等の前記主張を認めるに足りる証拠は全く存しない。かえつて証人長谷川儀作の証言によると、本件建物の所有権及び本件土地の賃借権は、前述のとおり訴外長谷川儀作から訴外秋場市蔵を経て被告神藤ラクに譲渡されたのであるが、訴外長谷川儀作から訴外秋場市蔵に対する譲渡は、訴外長谷川儀作がその友人である訴外秋場市蔵から金融を受けたについての担保のためにしたものであつて、訴外秋場市蔵から被告神藤ラクに対して前記の如く所有権及び賃借権が譲渡されたのは、訴外長谷川儀作の訴外秋場市蔵に対する債務の弁済をはかるためであつたことが認められるところ、証人斎藤博の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の六並びに同証人及び証人内藤友子の各証言のほか前掲措信しない部分を除く証人神藤万吉(第一回)、同屋代仁次、同斎藤秀雄(第一回)及び同長谷川儀作の各証言と原告本人尋問の結果に甲第四号証が訴外斎藤博の手許に保管されていたことを考え合わせると、訴外秋場市蔵から被告神藤ラクに対し本件建物の所有権とともに本件土地の賃借権が譲渡される前後に亘つて、訴外長谷川儀作並びに右譲渡の仲介に当つた訴外屋代仁次及び同斎藤秀雄のほか、被告神藤ラクの夫である訴外神藤万吉等において原告に対して、被告神藤ラクの本件土地賃借権の譲受につき原告の承諾を得べく折衝を重ねたが目的を果さなかつたこと、殊に訴外長谷川儀作は、原告の親友である訴外斎藤博に、訴外秋場市蔵から被告神藤ラクに対する本件土地賃借権の譲渡に対して、訴外斎藤博が被告神藤ラクの本件土地賃借につき保証人となることにより、原告の承諾を得られるよう斡旋の労をとつてもらいたいと依頼したところ、訴外斎藤博は、当時訴外長谷川儀作に対し、貸金債権を有していたので、被告神藤ラクの前記賃借権及び所有権譲受代金から右債権の弁済が得られることを条件として右依頼を承諾し、あらかじめ被告神藤ラクが賃借人、訴外長谷川儀作及び同斎藤博がその保証人として署名捺印した本件土地の賃貸借に関する契約書を原告に差入れるべく作成(甲第四号証がこれに当る。)し、訴外斎藤博がこれを保管し、なお被告神藤ラクから原告に対して敷金として支払うための金三千円をも預つて、原告に対して被告神藤ラクの本件土地賃借権の譲受につき承諾を得るような交渉する手筈を整えたところ、訴外長谷川儀作が所用のためと称して新潟方面に出向いてしまつたので、訴外斎藤博は、訴外長谷川儀作から前記債権の弁済を受けられるかどうかについて不安を抱き、原告に対する折衝を試みるに至らなかつたこと、そのため訴外斎藤博は前記甲第四号証の賃貸借契約書も不用に帰したとしてこれを廃棄するため、同人の署名下の捺印部分及び貼用印紙に消印のため押捺した同人の印影を切取つたまま保管していたことが認められるのである。叙上によつて明らかである如く被告神藤ラクは訴外秋場市蔵から本件土地の賃借権を譲受けたについて原告の承諾を得ることができなかつたのであるから、その承諾があつたものとして被告神藤ラクが原告に対して本件土地につき賃借権を有することを前提とする被告等の抗弁は理由がないものといわなければならない。

三、それで更に進んで被告神藤ラクが昭和三十年十二月十四日午前十時の本件口頭弁論期日においてした本件建物買取請求の効果について調べてみる。

(一)  前段において明らかにしたとおり、当初原告と訴外長谷川儀作との契約によつて訴外長谷川儀作のために設定された本件土地についての賃借権が、訴外長谷川儀作の所有にかかる本件建物の所有権とともに訴外長谷川儀作から訴外秋場市蔵に、更に訴外秋場市蔵から被告神藤ラクに順次譲渡されたところ、原告は被告神藤ラクの右賃借権譲受を承諾しないのである。被告等は、右のような事実関係に基いて、被告神藤ラクは原告に対して借地法第十条の規定により本件建物の買取を請求し得ると主張するのに対して、原告は、被告神藤ラクに譲渡された賃借権は、元来原告と訴外長谷川儀作との間の契約において一時使用のために設定されたものであるとして被告神藤ラクが本件建物の買取請求権を有することを争うので、まずこの点について判断する。

そもそも建物の所有を目的とする土地の賃借権が一時使用のために設定されたことの明らかな場合とは、当該土地の上に存する建物の構造、種類、土地利用の目的その他の事情から、当事者間に賃借権を短期間に限つて存続させようとする合意が成立したものと認めるべき相当な理由のある場合を指すものというべく、単に存続期間について短期の約定があるということだけから直ちにその場合の賃借権が一時使用のために設定されたものと即断すべきではないのである。ところで成立に争いのない甲第一号証及び原告本人尋問の結果によると、原告と訴外長谷川儀作との間に締結された本件土地の賃貸借契約においては、期間は三年と定められ、この期間を経過した後において賃貸人の明渡請求があつたときは、賃借人は無条件で賃借土地を明渡すべき旨約定されていたのであつて、原告が訴外長谷川儀作に本件土地を賃貸したのは、両者がいわゆる戦友で、かねて勤務先のアパートに住んでいた訴外長谷川儀作が退職した結果そのアパートを明渡し、居住先に困つていたところから、原告に対して本件土地の上に建物を建築して居住したいとしてその賃貸を懇請したことに基くものであることが認められるのであるが、当事者間に争いのない本件土地の上に存する木造瓦葺平家建店舖兼居宅一棟建坪十坪なる本件建物の耐用年数は、鑑定人金沢良平の見解によれば約十六年(同鑑定人の鑑定書(四)の記載参照)、同立花寛の見解によれば二十年(同鑑定人の鑑定書中「評価根拠」と題する部分の記載参照)と判断されているところ、原告は、その本人尋問において、訴外長谷川儀作に対しては本件土地を余り長く賃貸することはできないから、何時でも取壊わせる簡単な建物を建てるようにと指示して賃貸した旨供述しているけれども、証人内藤友子の証言によると、原告は、訴外長谷川儀作に本件土地を賃貸する以前からその隣りに居住していたことが認められるので、訴外長谷川儀作が本件土地の上に本件建物を建築した際その状況を目撃していたものとみるべきであるのに、原告が訴外長谷川儀作に対して本件建物の建築について、本件土地を賃貸したときの約旨に反するとして異議を述べた事跡の存することを認め得る何等の証拠もないので、前掲原告本人の尋問の結果は、たやすく措信することができない。叙上認定のような原告が訴外長谷川儀作に本件土地を賃貸した動機、訴外長谷川儀作が本件土地の上に建築した本件建物の構造、種類、その耐用年数等を彼此考え合わせるときは、訴外長谷川儀作が原告から設定を受けた本件土地についての賃借権は、到底一時使用のためのものとは認められず、単にその賃貸の期間が三年と約定されたことだけから右の結論を左右することはできないものというべきである。

(二)  してみると被告神藤ラクが借地法第十条の規定により原告に対して本件建物の買取を請求し得べきものであつたことは論のないところである(原告と訴外長谷川儀作との間における本件土地の賃貸借契約の期間は、前述の如く三年と約定されたのであるが、右契約によつて一時使用のための賃借権が設定されたものでないことは叙上のとおりであるから、右期間に関する合意は借地法第二条及び第十一条の規定により無効であり、右賃貸借契約の消滅したものと認めるべき何等の資料も見出されないので、被告神藤ラクが昭和三十年十二月十四日午前十時の本件口頭弁論期日において本件建物の買取請求をした当時においては、右賃貸借契約はなお存続中であつたものというべきである。)。そうだとすると右買取請求の結果、本件建物につき原告と被告神藤ラクとの間にその時価をもつてする売買契約が成立したと同一の効果を生じたものというべきである。被告神藤ラクは、右買取請求当時における本件建物の時価を金五十五万九千円と主張するのであるが、これを認め得る証拠はなく、鑑定人金沢良平の鑑定の結果により右時価は金二十万円と認めるのが相当である。この認定に反する鑑定人深田敬一郎及び同立花寛の各鑑定の結果は採用しない。

四、さすれば本件建物の所有権は、右買取請求により昭和三十年十二月十四日被告神藤ラクから原告に移転したものというべく、そのしかる以上被告神藤ラクが本件建物を所有することを前提にこれを収去して本件土地を原告に明渡すべきこと及び本件土地の不法占有を原因とする損害の賠償を求める原告の被告神藤ラクに対する請求は失当であり(損害賠償請求についてはなお後述する。)、ただ被告神藤ラクは原告に対し、原告から本件建物の買取代金二十万円の支払を受けると引換に、叙上のとおりにして原告に所有権の移転した本件建物を引渡し(被告神藤ラクが本件建物に居住していないことは本件弁論の全趣旨に照らして明らかである。)且つその敷地である本件土地を明渡すほか、後述するとおり従来本件建物を被告宮田直及び同金城律夫に賃貸していた被告神藤ラクとしては、本件建物の買取を原告に請求した後においても、原告からその買取代金の支払を受けて本件建物を原告に引渡さなければならなくなるに至るまで引き続き被告宮田直及び同金城律夫から本件建物の賃料を徴収し得べきものである(民法第五百七十五条第一項参照)から、本件建物の買取を請求した昭和三十年十二月十四日以降本件建物を原告に引渡して本件土地を明渡すときまで本件土地の統制賃料額の範囲内であることが当事者間に争いのない一ケ月金三百円の金員を本件土地の利用による不当利得として原告に返還すべき義務を負うものというべきである。なお、被告神藤ラクは、本件土地の占有を開始した昭和二十九年四月二十六日から本件建物の買取を請求した昭和三十年十二月十四日の前日までの間は、本件土地を原告に対抗し得る権原なく占有していたものであるが、既述の如く右買取請求当時まで本件土地について原告と訴外長谷川儀作との間に依然賃貸借契約が存続していたのであるから、原告は、この賃貸借契約に基いて訴外長谷川儀作に対してこの期間中における本件土地の賃料を請求する権利を有する訳であるので、原告は被告神藤ラクに対して前記不法占有による損害の賠償を請求することはできないのである(この見解に反するものとして、大審院昭和六年(オ)第一四六二号、昭和七年一月二十六日言渡、同院第二民事部の判決、民事判例集第十一巻一六九頁以下があるが、左祖し難い。)。

五、被告神藤ラクが本件建物の所有権を取得した後被告宮田直及び同金城律夫に本件建物を賃貸したことは、当事者間に争いのないところ、鑑定人深田敬一郎の鑑定書中「鑑定の理由」と題する部分の第三項の記載と被告宮田直及び同金城律夫訴訟代理人の陳述した昭和三十年三月十日付答弁書中における被告神藤ラクは本件建物を被告宮田直に一ケ月金八千円の賃料で、被告金城律夫に一ケ月金四千円の賃料で賃貸している旨の記載とを考え合せると、被告宮田直は本件建物のうち表側の六畳一室を、被告金城律夫は同じく三畳一室を被告神藤ラクから賃借していたものと解すべきところ、右のような日本式建物内における室は、特別の事情のない限り借家法第一条第一項にいわゆる建物に該当しないものというべきであるから、被告宮田直及び同金城律夫は、被告神藤ラクから本件建物の所有権を取得した原告に対して被告神藤ラクとの賃貸借契約に基く前記室の賃借権をもつて対抗し得ない(原告は本件建物の所有権取得につき登記を経由していないのであるが、被告宮田直及び同金城律夫は、被告神藤ラクが原告に対して本件建物の買取を請求したことを援用して借家法第一条の規定により右室の占有が原告に対する正当な権原に基くものであると抗弁しているのであるから、原告の本件建物所有権取得につき登記の欠缺を主張する利益を放棄したものと解すべきである。)のであり、さすれば被告宮田直及び同金城律夫は、原告に対し前記室及びその敷地を明渡さなければならないことは当然である(原告が被告神藤ラクに本件建物の買取代金債務を履行するまでの間においては、被告宮田直及び同金城律夫が本件建物内に居住する限り前記賃料については被告神藤ラクに収取権のあることは上述したとおりであるが、そのことのために被告宮田直及び同金城律夫の原告に対する前記室等の明渡義務に影響を生ずるものでないことは明らかである。)。

六、よつて被告神藤ラクに対する原告の請求を前出四に判示した限度において、被告宮田直及び同金城律夫に対する原告の請求を前出五に判示した範囲において認容し、その余の原告の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条及び第九十三条を適用して主文のとおり判決する。なお、この判決に仮執行の宣言を附する必要はないものと認めてその申立を却下する。

(裁判官 桑原正憲)

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